2022年8月30日火曜日

20220829 北海道旅行(札幌2日目・旅行最終日)

 北海道旅行の最終日、札幌の大通り公園をはじめ狸小路などをぶらりした後、昼過ぎに「北海道神宮」に参拝することに。旅行の締めっくくりとしては、なかなか良い選択でした。

 昨日訪れた常不軽寺の近くに位置し、広く整備され、ピーンとした張り詰めたものを感じる印象の神宮でした。


(20220829 北海道神宮参道) 
(20220829  「北海道開拓の父」佐賀藩出身の島義勇(しまよしたけ)像)
(20220829 北海道神宮神門) 
(20220829   北海道神宮)
(20220829  北海道神宮から神門にかけてのパノラマ)

 夕刻の便にて新千歳空港からセントレア空港へ。すすきの以外は、観光客も少なく、のんびり家族旅行をたのしむことができた4泊5日でした。


【追記:20220905】
 
 旅行した先で絵葉書を購入し、ちょっとした印象を認めて自宅に送る。そんなことを1970年代中頃から始めていて、もう45年ほどになるのでしょうか。今回の旅行では、6通投函しています。



2022年8月29日月曜日

20220828 北海道旅行( 富良野から札幌)

  富良野市平沢地区にて特製プリンを購入した後、一路、札幌に移動。約2時間。

 札幌では、ホテルチェックイン前に、まずは羊ヶ丘のクラーク博士像を見学。

(20220828  羊ヶ丘への坂道)


 次いで、樋口季一郎が建てたアッツ島玉砕将兵慰霊碑を訪ねました。この慰霊碑は、中央区旭ヶ丘1丁目の「常不軽寺」に建てられているのですが、このお寺が見つからないのです。お寺というと本堂を探すのですが、見当たりません。Google Mapで確認をするのですが、位置的には間違いありません。

 すると、お寺のつくりは普通の民家のようです。また、その慰霊碑はその民家のようなお寺の玄関先にデーンと建っています。

 樋口季一郎は、2万人のユダヤ人を救済し、キスカ島の日本兵5,000人の奇跡の無血撤退を指導し、ソ連の対日参戦に対する防衛戦を展開するなど、多大な功績があります。一方で、キスカ島からの撤退は、中央統帥部からのキスカ・アッツ両島の守備隊の玉砕方針に対して、樋口はアッツ島守備隊の玉砕と引き換えにキスカ島守備隊の撤退の了解を得た経緯があるようです。アッツ島の守備隊は2,400人を超える規模だったようなのですが、樋口はこの玉砕した日本将兵を弔うべく慰霊碑を建てたと承知しています。

 しかしながら、その慰霊碑は、もっと広く慰霊したものであり、アッツ島玉砕将兵はもちろんのこと広く慰霊する碑だったのです。その碑文には、軍馬・軍犬も記載され、慰霊されています。感服しました。なお、慰霊碑の碑文は、次の通りでした。

「大東亜戦争
   アッツ島玉砕将兵
   戦死将兵戦死者
   出征軍馬軍犬
   ビルマ獨立義勇軍
 緒霊位追善菩提」

 どうも民家風のお寺も樋口の発願により建てられたようなのです。
 賽銭箱が見当たりません。どこまで謙虚なのでしょうか。恐れ入ります。
 樋口は、慰霊碑を建てるとともに、従軍画家が描いたアッツ島の絵を自宅に掲げ、終生、毎朝、手を合わせていたといいます。樋口の活躍がなければ、東西ドイツのように日本も分断されていたことは容易に想像できます。
(20220828  大東亜戦争諸霊位追善菩提碑、その背後が常不軽寺)
 その後、ホテルにチェックイン。早速、富良野で購入した特製プリンをみんなで試食してみます。本来、1日ほど経過させたほうが良いらいしいので、まずは「試食」というわけです。なるほど、なるほどねなどと、値段を確認しつつ好評します。
(20220828   特製エゾアムプリン 1)
(20220828   特製エゾアムプリン 2)



 ホテルからの夕陽を鑑賞し、「すすきの」繰り出します。
 賑わっていました。この人たちも、GoTo事業を見込み違いした自分たちと同じ同類項の観光客に思えてしまいます。
 元気な「すすきの」を堪能できました。

2022年8月28日日曜日

20220828 北海道旅行(富良野3日目)

 旅行4日目。
 富良野といえば、倉本 聡 原作・脚本によるテレビドラマ「北の国から」。1981年秋から半年間、放映されたようですが、自分としては、毎週、欠かさず観ていたような記憶はありません。しかしながら、要所、要所はよく覚えています。
 
 まさに、あれから40年。

 すれ違う家族連れの観光客の会話を聞いていると、当然のことながら、子供たちより親たちが懐かしんでいます。小さな女の子が、「ごろうさんって、だれ?」などと母親に尋ねたりしています。また、一人で訪ね歩いている中年男性も見かけました。
 
 いずれも世代も、家族連れでも一人でも訪ね歩くことができるのは、素晴らしいことです。

(20220828   五郎さんの石の家)
(20220828  五郎さんの三番目の家)
(20220828   丸太小屋の家)
(20220828  拾ってきた家)
(20220828    黒板五郎の遺言)
 「北の国から」のロケ地訪問の後、特製のプリンを買い求めるべくエゾアムプリン製作所に向かいます。その途中、道道544号線を通るのですが、チラチラといい具合の川が見えます。調べると、「布部川(ぬのべがわ)」とあり、川マスが釣れるらしい。車から降りて川相を見に行きました。珍しい「けあらし」が現れていました。幻想的な様相です。ルアーの釣り人あり。羨ましい限りです。まさに、テンカラ竿を振ってみたい衝動に駆られる川相です。
(20220828  道道第544号線)
(20220828   道道第544号線沿いを流れる布部川 1)
(20220828   道道第544号線沿いを流れる布部川 2)
(20220828   道道第544号線沿いを流れる布部川 3)
(20220828  富良野市平沢近辺の風景)
(20220828 富良野市平沢地区にあるエゾアムプリン製造所」 


2022年8月27日土曜日

20220827 北海道旅行( 富良野2日目)

  旅行3日目、曇天の日和です。

 雨が降ってこないうちに、美瑛方面を楽しもうということで、まずは「四季彩の丘」を訪ねました。園内では、ゴルフカートを借りて景色をたのしみます。

 次いで、セブンスターの木、ケンとメリーの木、後藤純男美術館を巡った後、夕食の食材集めのためチーズ工房などを回りました。

 何処もごった返すでもなく、ゆっくりたのしめました。また、後藤純男美術館は、本人の絵画が一堂に揃い、圧巻でした。

(20220827   美瑛町「四季彩の丘」1)
(20220827   美瑛町「四季彩の丘」2)
(20220827   美瑛町「四季彩の丘」3)
(20220827   美瑛町「四季彩の丘」4)
(20220827   セブンスターの木 1)
(20220827   セブンスターの木 2)
(20220827   ケンとメリーの木 1)
(20220827   ケンとメリーの木 2)
(20220827   後藤純男美術館 1)
(20220827   後藤純男美術館 2)
(20220827   後藤純男美術館 3)
(20220827   後藤純男美術館 4)
(20220827   後藤純男美術館 5)
(20220827   後藤純男美術館 6)
(20220827   後藤純男美術館近くの風景 1)
(20220827   後藤純男美術館近くの風景 2)
(20220827   上富良野・手打ちそば万作)
(20220827   富良野・六花亭)
(20220827  富良野チーズ工房・ピッツァ工房)
(20220827  富良野ニングルテラス)

(20220827  富良野、珈琲・森の時計)
(20220827  夕食は買い求めた食材でホテルの自室にて)

20220826 北海道旅行( 旭川から富良野)

 石狩市から旭川市へ。

 まずは、旭山動物園を見学、次いでジンギスカンの美味しい店、「成吉思汗 大黒屋五丁目店」 。同店は予約の枠もあるようなのですが、予約が取れずに「順番待ち」をするしかない状況でした。動物園を見学しながらも、店の開店時間を気にしながら見て回るといった具合です。今朝の厳かな家族は、予約が取れないところにはいかないのだろうなとの思いがよぎったりもするのです。

(20220826   手前・2021年12月に生まれた「ピリカ」、後方・母親の「ピリカ」)
(20220826  旭山動物園のペンギン1)
(20220826  旭山動物園のペンギン2)
(20220826  旭山動物園のアザラシ)
(20220826  自分の糞で濁ったプールのカバ)
 ジンギスカンのお店は、幸いなことに1時間ほどの待ち時間で入店することができました。服を着替えて入店したほうが良いとのアドバイスで、煙で燻されても構わない服装で入店。なるほど、人間燻製器状態です。
 前評判通りの美味しいジンギスカンを堪能。
 富良野のホテルに20:00までにチェックインすべく、南下します。