鮎の友釣りは、鮎の縄張り意識を利用した釣りである。畳一枚ほどの縄張りの中にオトリ鮎を送り込んでやると、闘争心を剥き出しに野鮎がオトリ鮎に体当たりする。オトリ鮎にはお尻に錨型のハリをつけており、そのハリに野鮎が掛かるというものである。その野鮎の闘争心のシンボルがエラのあたりにくっきり現れる黄色い追星と呼ばれる三日月型の模様である。
しかしながら、このところの鮎にはその闘争心というものがまるきっりないといわれている。群れを成して泳いでいるのである。
最近の鮎は、専ら、養殖した稚魚、成魚の放流ものが多くなった。天然ものも多いのだが、やはり河川の各漁協は、養殖ものを放流してよく釣れる河川として釣りファンを呼び寄せて入漁料を得ることによって、利益を得ている。
養殖となれば、数多くの成魚からかき出した卵に精子をかけて大量に養殖するわけであるが、精子はおそらくほとんど同じオスのものに違いない。つまり、ほんどの稚魚は、兄弟ないしは義兄弟となる。しかもその精子も、戦い抜いて生き残ったオスの精子というわけでもない。メタボな養殖鮎の精子に違いない。
そんな生い立ちの養殖鮎に闘争心などあるはずがない。群れ鮎が多いのは、このいまどきの漁協制度に由来するものと考えていた。
高橋勇夫・東健作共著「ここまでわかったアユの本」(築地書館)に面白いことが書いてあった。
海から遡上してきた鮎を観察しても、群れる鮎があり、弱い野鮎の縄張りは平気で侵し、強い野鮎の縄張りには進入しないものらしい。
鮎は、川底の石についた藻類をはんで育つ。同様に、ボウズハゼも藻類を食し、縄張りをもって排他的な攻撃を示すらしい。このボウズハゼは、縄張りに入ってきた鮎に攻撃を加えるらしいのだが、鮎はボウズハゼを攻撃することはないのだという。
鮎は、なぜボウズハゼを追わないのか、同書では「鮎に聴いてみなおとわからない」というのが結論らいしいのだが、鮎はほんとうに気まぐれで得体が知れない。
ゴルフスコアを100を切るためには、練習に加えて本を何冊か読破し、さらに練習を積まなければならないということを聞く。
鮎シーズン到来。
とりあえず、手始めに本書と夢枕 獏 著「鮎師」を読んでみるとしよう。