2009年6月9日火曜日

鮎の縄張り

鮎の友釣りは、鮎の縄張り意識を利用した釣りである。畳一枚ほどの縄張りの中にオトリ鮎を送り込んでやると、闘争心を剥き出しに野鮎がオトリ鮎に体当たりする。オトリ鮎にはお尻に錨型のハリをつけており、そのハリに野鮎が掛かるというものである。その野鮎の闘争心のシンボルがエラのあたりにくっきり現れる黄色い追星と呼ばれる三日月型の模様である。

しかしながら、このところの鮎にはその闘争心というものがまるきっりないといわれている。群れを成して泳いでいるのである。

最近の鮎は、専ら、養殖した稚魚、成魚の放流ものが多くなった。天然ものも多いのだが、やはり河川の各漁協は、養殖ものを放流してよく釣れる河川として釣りファンを呼び寄せて入漁料を得ることによって、利益を得ている。

養殖となれば、数多くの成魚からかき出した卵に精子をかけて大量に養殖するわけであるが、精子はおそらくほとんど同じオスのものに違いない。つまり、ほんどの稚魚は、兄弟ないしは義兄弟となる。しかもその精子も、戦い抜いて生き残ったオスの精子というわけでもない。メタボな養殖鮎の精子に違いない。

そんな生い立ちの養殖鮎に闘争心などあるはずがない。群れ鮎が多いのは、このいまどきの漁協制度に由来するものと考えていた。

高橋勇夫・東健作共著「ここまでわかったアユの本」(築地書館)に面白いことが書いてあった。

海から遡上してきた鮎を観察しても、群れる鮎があり、弱い野鮎の縄張りは平気で侵し、強い野鮎の縄張りには進入しないものらしい。

鮎は、川底の石についた藻類をはんで育つ。同様に、ボウズハゼも藻類を食し、縄張りをもって排他的な攻撃を示すらしい。このボウズハゼは、縄張りに入ってきた鮎に攻撃を加えるらしいのだが、鮎はボウズハゼを攻撃することはないのだという。

鮎は、なぜボウズハゼを追わないのか、同書では「鮎に聴いてみなおとわからない」というのが結論らいしいのだが、鮎はほんとうに気まぐれで得体が知れない。

ゴルフスコアを100を切るためには、練習に加えて本を何冊か読破し、さらに練習を積まなければならないということを聞く。

鮎シーズン到来。

とりあえず、手始めに本書と夢枕 獏 著「鮎師」を読んでみるとしよう。

2009年5月28日木曜日

カウンターバーで聴いたヘイグ

仕事を終えて仲間3人でカウンターバーにてビールを飲んだ。そのバーにて、控えめに流れてくる音楽に耳を傾けた。ヘイグであった。絶対音感を持つニュージーランドの歌手である。日本の歌を日本語や英語で歌っている。絶対音感の持ち主だからなのだろうか、その日本語には外人が話す日本語の独特のイントネーションがない。同僚が、日本人の歌声と間違えるほどにきれいな日本語なのである。

「純 21歳の出逢い」というCDである。アメイジング・グレイス、ハナミズキ、花、白い色は恋人の色などのが流れた。このCD、娘の21歳の誕生日にプレゼントとしたものである。

このCDを気に入って、闘病生活を送っている同級生に送ろうかとも思ったが、迷った挙句に送ったのは、シャンソンの「パリ、愛の歌―永遠のクレール・エルジエール」である。

ビールを飲みながら、友人に電話をしてみようかと思い立った。闘病生活を送っている人間にとって、案外見舞いの電話を受けるというのも億劫なはず。そんなんことを言い訳にしながら、ついつい電話を入れそびれていた。

しかしながら、ヘイグに背中を押されるように、バーを出た後の帰路、友人の自宅に電話を入れてみた。

奥さんである。明るい声であった。安堵感があって、やがて本人が電話に出た。元気な声であった。この5月から、時短ながら社会復帰したという。明るいニュースに感激をした。今の医学の高度な技術にも敬意を表したい気分であった。

クレールのシャンソンは、正調シャンソンのようのようで親しみやすく、聴いていて素直になれる。友人もそんな性格の人間であり、ちょうどいいのではないかと選んだ経緯がある。

まだ本調子ではないようではあるが、とにかく友人の社会復帰を祝い、本格的な健康回復を祈りたい。

今夜は、ビール・バーで聴いたグレイスに感謝。

2009年5月13日水曜日

新型インフルエンザ

新型インフルエンザが、4月にメキシコにて発生以来、感染者は世界中で7000人近くになり、ついには日本国内でも感染者が現れた。国内感染者の発表後は、急速に拡大し、本日現在は、100人近い感染者が発生している。

今回の豚インフルエンザは、弱毒性であることが、不幸中の幸いといったところ。鳥インフルエンザの強毒性であれば、かなりの混乱が予測されたに違いない。政府では、厚生労働省を中心に企業に対して新型インフルエンザを対象としたBCP(事業継続計画)を策定するように促していたところであり、企業においてもBCPの策定が進められようとしてた段階であった。地震、災害対応のBCPについては、なかなか進展しなかったが、この新型インフルエンザの発生により企業トップ、社員の意識も高まり、BCPの策定も相当進んことと思われる。

そういう意味において、冒頭に述べたように、今回の新型インフルエンザが弱毒性であったことは不幸中の幸いである。次にやってくる猛毒性の鳥インフルエンザ対策として、今回の豚インフルエンザは人類に対する警告となっている。

新型インフルエンザについては、当初より、若年層に感染し、高齢者については何らかの免疫があるとされてきた。それは、最近の報道をみていてもあきらかなようだ。新型インフルエンザに限らず、あらゆる感染症につてはウィルスに近づかないことが予防対策の第一であるが、これは人類全体としては免疫を持つものが少なくなり、人類としての営みとしてはどうなのだろうか。今回、新型インフルエンザが終息しても、ウィルスもいずれは再び万延し、生き延びを図るに違いない。

そういう意味においても、今回の弱毒性の新型インフルエンザは、人類が何らかの抗体を持つことができる好機となったのかもしれない、などと書くと、不謹慎極まりないということになるのだろう。

昨年だったか、万能ワクチンの開発についての新聞記事を読んだことがある。現在の新型インフルエンザ対策のワクチンは、新型ウィルスが発生しなければ対応できない。ワクチンの製造には、流行しているウィルスそのものが必要だからである。したがって、ワクチン対策は、後手の策となる。しかしながら、万能ワクチンは、未知の新型インフルエンザにも、さらにはエイズにも効用があるという。現在のワクチンは、ウィルスそのものの表面の形状(H*N*型)に対応したワクチンであるのに対して、万能ワクチンはウィルスの細胞核を破壊するワクチンであり、ウィルスの表明の形状にかかわりなく効用がある。万能ワクチンといわれるのは、その点にあるようだ。このワクチン、世に出回るのは3~5年後らしい。

この万能ワクチン、実現すれば、ウィルスに対する人類の史上最大の奇襲作戦となり、効果も大いに期待される。次に、ウィルスは、万能ワクチンが細胞内に進入しないような細胞膜をつくり出し、対抗してくるに違いない。

一方で、核兵器がどうのといっている人類は、ウィルスからしてみれば、ある意味ではオメデタイ生き物に違いない。